月は紅く 十三夜





  第壱幕  諷説の世
















  十三夜の月が 紅く染まりし闇夜の下に



  鈴を転がす美なる音 聞こえるようであれば今刻





  鈴音の鬼が 其方を喰らう











  近頃耳にする噂はすべて、人間を喰らうという鬼のものばかりで

  あまり楽しげでないものだと思っているだけで、気にも止めずにいた。







  「あっきー、今夜入ったから」







  思いに耽っていたら、真から事を知らせる言葉が一つ。







  「分かった」







  また、夜が始まる。



  隙間風が吹き、近くの窓から外を見てみれば

  十三夜の月は紅く、猩々緋の色に染まっていた。

  少し振り向き後ろを見れば、真が自らの琴を調整している。



  目線を月に戻し、ポツリと呟いた。







  「月が、紅いよ、、、」







  目から離れられない。

  不気味な月が、雲間から見え隠れしている。



  小さな声でも、この静かな部屋に楓弥の言葉は十分に広がり

  後ろにいた真の耳にも、届いていた。



  真は楓弥の言葉に気付き、手元の琴から、窓の外の月へと目を移した。

  確かに月は紅く、思わず見とれてしまう程だった。









  月の誘惑に、二人は惑わされて



  またその輝きに、心奪われる









  ふと、楓弥は昼間に町を歩いていた時に耳入った噂を思い出した。

  気にも止めなかったはずが、今この風景を見る限り

  気にならなければならない事だと、なんとなくであったが悟った。







  十三夜の月が 紅く染まりし闇夜の下に





  今夜は丁度十三夜なわけで。

  月も紅く、闇とも言える夜昊。





  鈴を転がす美なる音 聞こえるようであれば今刻





  鈴音の鬼が--------------------












  「真、もう出よう」









  「うん、、、」









  あの噂だけがポツンと浮かんだが

  頭を過ぎっただけで、二人は特に何とも思わずにいた。



  身支度を済ませ、泊処を後にした二人は、京の夜道を歩く。









  逢魔ヶ刻からまだ、数時間しか経っていないというのに

  辺りは人の気配すら無く物静かで、月の紅い光だけが道を照らしている。







  此処はとある京。

  時は、人間と怪とが共に生きる時代。



  怪は時にその姿を現わし、人々を破滅への道へと導く様に襲っていた。

  それだけの怪や化物がいるならば、何が起こっても可笑しくはないとは思うが

  こんな小さい京、誰が襲うものか。と言わんばかりに他の京からの襲撃もなく

  ましてや怪さえ現れないぐらいの平安を保っていた。



  その平安も、時となれば戦の地になるやもしれない。









  二人がこれから向かうは、この京を治めている帝の屋敷。

  指名人は誰だか分からないが、帝の屋敷ともなれば相当の位の者だろう。

  その屋敷人に、自分達の舞と琴音を魅せに行く。





  楓弥は舞を。真は琴音を物にし

  それらで二人は金銭を稼ぎ、生活を保っている。







  唯、二人に会話はなく、足音だけが闇夜に響く。

  華やかな衣を身に纏いて。

  真は琴を背負い、楓弥は扇を帯に携えて。



  真直ぐ列なる道を歩く。





























  しばらくすれば、薄らと目の前に屋敷の門が見えてきていた。



  闇夜だからか

  近くに来ても、昼間見えるように細やかな彩のある細工は、見られなかった。



  門の近くにいた屋敷兵に断りを得て、門を潜り屋敷の中へと入っていく。







  帝の屋敷だからだろう。

  この京のどこの屋敷よりも遥かに広く、庭園や倉庫などがあり

  ずっと奥まで建物が連なっている。



  客室は何回か行った事があるので、また其処に向かうのだろうと

  只管其の部屋に向かって、長き屋敷の廊下を歩き続ける。







  屋敷の中でも、辺りは静まりかえり

  灯りの燈る部屋さえも、数少なかった。







  自分達の足音しか聞こえないのも、何かと不気味な気がして

  少し足早になりながらも、二人は何かに吸い込まれる様にして

  暗闇の中を、歩いていった。















  諷説は 現世にあり

  現世もまた 諷説に出












  

[PR]動画