謌で通わす 情を彼方へ





  第拾幕  
















  深紅の桜の処まで聞こえる、確かな音に



  丁度その場にいた一志は、綴じていた目を開け



  音のする方へと、顔を向けた。







  何処からか聞こえる、美しき琴の音。







  ふと、気になってきたので

  微かに聞こえる音を頼りに、深紅の桜の樹から離れ

  音のする方へと、足を進めた。



















  音が聞こえる方へと、向かって行けば

  庭池に突き出る、渡殿で繋がれた一つの小さい間の処に



  行儀良く座り、目を綴じて



  ゆっくりと琴を弾く、真という人が居た。  















  しばらくしてから

  向こうも、こちらの存在に気付いたらしく



  驚いた様子で、琴を弾くのを止めてしまった。







  前に楓弥が、話しかけてみてねなどと言っていたので

  思いきって、話しかける事にした。











  「麗しき、琴音で御座いました」



  「盗聴しました事は、深く御詫びします」











  頭を軽く下げて

  褒め言葉を述べつつ、謝罪する。



  そうしたら真という人は、行き成り謝られたからか

  目を泳がせ、少し慌てふためいていた。







  「其方様は、真殿、、、でよろしいでしょうか」







  「え?」







  真は、またもや驚いていた。



  話した事も無い者に、行き成り自分の名前を述べられては

  誰でも驚く事であろう。







  「すみません。楓弥から、御聞きしましたもので」











  真は楓弥が言ったとうり、人見知りだと分かる仕草を見せていた。



  一志と同じように、真もまた、一志とは話した事などなく

  二人は、今初めて言葉を交わしていた。











  「随分と、琴が上手なことで」







  「あ、有難う御座います、、、」











  本当に真は、口数が少なく

  たぶん、話す事などは苦手だろう。



  俺もそこまでは、話す方ではない。



  なので、あまり話はしないことにして

  もう一度、琴を弾いてもらう様にすれば

  いいだろうと思った。











  「今一度、琴の音を」







  「うん、、、」











  俺の密かな催促も、阻む事無く聞き入れてくれた真が



  今また、琴を弾き始めた。















  心が和み、なんだか安らぐその音色。











  その音色で、分かった。











  きっと、真もあの二人と同じ、志を持っている。



  そうなればきっと、あの白水も



  持っているに、違い無しだと。







  同じ志を持つ、四人の人間は



  俺なんかと、まるで正反対な



  強い意志を持っている。







  なんとも、心強き、人々よ、、、



















  気付いた頃には、知らぬ間に



  自分も詠ってしまっていた。







  詩は無いが、何故か次々と



  詩を詠む様な感じで、声が出ていた。







     横目で真を見てみれば



  またもや驚いた顔をして、琴を弾いていた。























  少し、驚いた。







  行き成り現れた、この女の謌声。



  この琴に負けない位の、美声だった。  







  けれど、どこか



  とても哀しい声に、聞こえた。















  「哀しいの?」







  「、、、え?」















  俺は、全くもって



  真から発せられた言葉の意味が



  分からなかった。















  「其方の、名は?」







  「一志と申します」







  「一志は、詠が上手だね、、、」       















  褒められた事など、今までに一度も無かったから



  嬉しくなって、そのまま詠い続けていた。











  やっぱり、同じ心を持つ、この四人は



  他の人間とは、全く違かった。







  もう、鬼とか、喰うとかなんてどうでもよくなって







  唯ずっと、この者達の傍に居たくて







  目の前の安らぎに











  身を預けるばかりだった
  











 

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