凡てを明かし 記憶の片隅  





  第拾壱幕  秘云
















  その日、屋敷を出ていた白水は

  戻った際に、一志に連絡を入れようと思い

  一志の部屋へと向かっていた。







  一志の部屋は、直接本人に教えてはもらっていないけど

  この広い屋敷の中には、俺等合わせて五人しかいないらしい。







  丁度逢魔ヶ刻、今時間は部屋の灯りを付け始める頃で

  この屋敷の中で明かりが付く部屋は、俺等四人の部屋と



  一志の部屋。



  それしかないから、すぐに分かると思い

  灯りの燈る部屋を、探していたところだった。































  しばらく歩いて、やっと見つけた一つの部屋。



  俺等が居る部屋と、大分離れたところの角にある。







  部屋の外から見れば、蝋燭の灯りだろうとするぼんやりした灯りが

  揺ら揺ら蠢いていた。







  そして、隣に居る人影を見れば



  間違い無く、一志を象る人影だった。











  この襖の奥は、きっと一志の部屋だ。















  勝手にそう思い込み、襖を開けようと思った。











  けれども、一志がもし

  身を整えていたなどの事をしていたら



















  そんな事が頭を過ぎり



  とりあえず、断りを得て開ける事にした。







  「一志?入っても、大丈夫?」























  しばらくしても、一志からの返事は無く



  これ以上待っていても無駄だと判断した俺は



  一志の返事を待たず、襖を開けることにした。











  「一志、入るよ?」











  そう言って、襖を開けた。















  「一志、今戻ったんだけど、、、、、!」















  一瞬驚いて、身を引き襖を閉めようとした時に



  ふと、気付いた。  









  一志は俺に対し、背を向けていたけれど



  着物が腰まで肌蹴ていて







  その白い肌を、曝け出していた。















  けれどその身体は、女の物とは呼べず



  どちらかと言うと、細身で、がっちりとした体格で



  胸の辺りには、さらしを巻いていたけれど











  明らかに、男の身体をしていた。



















  「ご、御免、、、」















  もしかしたら、という場合もあるので

  一先ず謝罪し、後でまた出直そうと再度

  襖を閉めようとした。



  その時に



  顔を背けたままの一志が、話し始めた。











  「気付いて、無かったんだ」











  そう言って、一志がこちらを向いた時に



  改めて分かった。







  今までは、ずっと女と思っていたが



  女でなく、男だと、言うこと。



 











  「騙したことは、深く、御詫びいたします」















  自分の肩に手を当て、目を伏せた一志。







  俺は動じず、一志に対し沢山の疑問を懐き



  一志の心境読まず、それを問い詰めていった。















  「何で、そんな事してたの、、、?」











  「、、、」



  











  一志は、静かに下を向き



  そして、俺から顔を背き、何も言おうとしない。







  俺の中で、様々な感情が吹き出してきて



  俺から逃げているような仕草をする一志に対して



  少しの怒りを覚え始めていた。







  そして、あの疑いが、頭に浮んだ。



















  「、、、まさか其方、鬼ではなかろうな」



















  一志は一旦、白水の言葉に目を広げ



  そしてまた、目を強く瞑った。











  白水の口調が、変貌を遂げていた。



  かなり警戒している事が、言葉の強さで分かる。







  皆が言っていたとうりで



  白水は鋭く、隊長的存在になる理由も分かった。











  白水の怒りが、すごく、辛い。







  こんな奴、本当は喰うなんて容易な事。



  けど、今の俺では、敵う筈がないと思った。







  俺の全てを、本当の、想いを







  今此処で、凡て伝える事にした。











  そして一志も、初めて会った時の様な口振りで



  ゆっくりと、語り始めた。















  「さように、御座います」







  「鬼か」







  「、、、はい、、、」















  その言葉を聞いた白水が、殺気を籠めて



  腰に携えていた刃に、手を伸ばした。



  







  それを横目で見たときに



  刹なく、哀しい何かが



  俺の心を支配した。







  けれど俺は、その哀しみに心を捉えられてはいけない。



  今此処で、凡てにおいて、隠している事を



  明かす事を憶ったんだ。











  もう、後戻りはできない。











  貴方方に、信じて頂けるかどうかは分からない。



  見離されてしまうかもしれない。











  けれど、そんな事よりも



  貴方方を、これからもずっと



  嘘をついて、騙して生きていく事の方が



  辛く、憐れな事だと理解った。











  貴方方を、騙す事なんて







  できませぬ。



















  「俺は初め、白水達と出会った時から



  貴方方を喰らおうと、企んでおりました。」















  もう男だと知られてしまった為、口調を元に戻し

  一志は、言った。







  白水の眉間に皺が寄り、殺気が強くなる。















  「やはり、あの時から、、、」



















  嗚呼、やっぱり、駄目なのか、、、







  見離される事を悟った一志は

  自らの肩を抱き、心の底から込み上げてくる何かを



  必死に堪えるばかりだった。















  「でも、楓弥、真、女雅、そして白水と話している内に



  喰ってしまおうという気持ちが、どんどん無くなっていくのが分って」







  「皆は、俺の中の鬼の情を鎖し



  人間の心という物を、解放してくれた」











  「だから俺は、皆を信じれる様な、皆から信じられる様な



  人間になりたいって、思ったんだ」



















  目尻が、熱い。



  鼻の奥が、つんとする。







  視界がぼやけてきた時に、俺は気付いたんだ。















  初めて、泪を零した。







  止め処無く溢れる雫を、どうしていいか分からなくて。







  唇が震えて、上手くは話せないけれど。



















  「皆を、信じたい」



  今更だね







  「同じ、人間になりたい」



  無理だと、理解ってても  







  「同じ志を持つ、人間になりたかった」



























  白水は、泣きながら訴える一志を見て思った。







  鬼とは、なんて残酷な運命を持つ生き物なのだろう。



  残酷な運命が苦しみを生み、憐れな鬼となるのだろう。







  一志が話してくれたおかげで



  本当の気持ちが分かった。







  今思った。







  今の一志は、鬼という醜き生き物ではなく



  俺等と同じ人間で、俺等の仲間だという事。















  「一志」  















  刃から手を離し、一志の近くまで歩み寄って行き

  さっきはごめんね、と付け加え

  膝を付き、近くにあった羽織を一志の肩に、掛けてやった。



  そして、一志の前に顔を持っていき

  目線を合わせた。



  泪で潤んだその瞳が、哀しそうにこちらを見ていた。

















  「俺も、信じるよ」

















  一志は、思っていた言葉とは違う



  白水の優しき、桜のような言の葉が



  心の中で、谺する。

















  「一志を、信じよう」

















  目の前にある白水の顔が、またもやぼやけてきた。















  「俺や、女雅らんや、あっきーや、真ぺーが居る限り





  一志は、人間だから」















  その言葉でまた、泪が零れ落ちてきた、、、

















  「ありがとう」



















  初めて言った、御礼の言の葉



  声は少し、震えていたけれど







  気持ちをしっかり、押籠めました。



















  白水は、一志の背中を擦りながら



  まるで母の如く



  泣き止むまで、ずっと傍に居てくれた。







  俺は唯、その暖かな温もりに











  酔い潰される だけでした
  











 

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