声を上げ 狂に満ちる





  第拾七幕  闘鬼戦譚
















  奇声



  奇声







  運命を変えられぬ、哀しき鬼の声



















  「其奴が鬼か」







  「醜ましい姿よ、、、」







  「わ、私は喰われたくない!」







  「死にたくない!」















  翳む戦の匂いと、飛交う声。



  胸の奥が騒めく、鬼の血が出。







  一志の姿を見た兵の半分以上が、鬼の恐怖に陥り

  この場から逃げ出していた。



  刃と弓矢緒共、重い鎧までも脱ぎ捨てて

  一志に対して背を向け、走り去る姿。







  それを一志は、唯紅い瞳で見つめているだけだった。











  「おい!逃げてはならぬ!」







  「高が鬼ぞ、この手で伐ってしまうのだ!」











  頭であろう其奴が、走り去り逃げて行く者に向かって

  大声で叫び散らす。



  しかしそれも効果が現れず。

  兵の逃走は止まらなかった。  















  そして、今残っている者は

  鬼さえ怖れない勇敢なる者であろう、僅か数十人。



  最初はこの倍は居たが、皆恐怖に脅え、去って行った。



  去って行った者達の判断が、正解だったであろうに。







  何とも愚かな者共よ。











  この姿を目の当りにしても尚、逃げぬ其方等は



  覚悟は出来ておろう。







  所詮御主等は



  何をしても、人間に変わりはあるまい。



  今再び、人間の血肉の匂いを嗅ぎたくなってきた。







  凡て妾が、喰ろうてやる。











  おのれが。



  仲間を傷付けた罪は重いぞ。















  絶対に、許しはしない。











  瞳の赤みは益して、牙と爪が疼くのが分かる。















  「許さぬ」















  鬼の情は、人間の心をも支配した。























  目の前に居る人物は、確実に一志であるのに



  一志でない様な雰囲気を、醸し出している。







  一志の美しかった紅髪さえも、色が褪せて



  臼白に、変わっていた。







  赤くなった瞳の瞳孔が細くなり



  獣の様な目になっていき



  まるで、目の前に居る獲物を逃がさないと言う様に。  











  きっと、これが一志の本当の姿。







  本当の、鬼の姿が。























  そして鬼は、鎌鼬の疾風と共に

  本能なるままに行動に出た。



  目の前の許せなき自ら敵を、喰らう為に。







  雷は大きく鳴いたき、大粒の雫を降らした。



  まるで、一志の心を表すかの如く。



























  一志は地を蹴り、軍の元まで一気に駆ける。







  疾風と共に、目にも留まらぬ速さで只管駆けた。







  その途中、泥濘に足を囚われる事無く



  鬼の情に身を任せ、一志は走り続けた。







  そして一気に、軍の中へ飛び込んだ。  















  走っている最中に、何度も矢が飛んで来ようとも



  自らに向かって刃が振り下ろされようとも







  全てを物の見事に避け、突進んで行った。



























  身体に傷が付きようが



  刃が背に刺さりようが、構わない。







  唯、仲間を傷付けられた事が











  何よりも、許せなかったんだ。



































  気が付けば、其奴の目の前に居た。











  其奴は馬の手綱を引き、逃げ様としている。



  



  まさかここまでの物とは、と思ってもいなかったらしく



  早く逃げ様としたためか、手綱を強く引きすぎた。



  馬が悲鳴を上げていた







  その時を、狙った。











  「逃しはせぬぞ」















  一志はその黒く尖った爪で、馬の首を裂き

  其奴を馬から振り落した。



  凄まじい勢いで振り落された此奴は

  足を挫いたらしく、今直には立てずに地面を這い蹲り

  必死に暴き逃げようとしていた。







  地下手で暴き苦しむ憐れな其奴の姿を

  一志は、赤い瞳で唯見下しているだけだった。











  「おのれ鬼の分際で、、、」











  その言葉を聞いた一志は、一瞬目を見開いた後



  自分を侮辱した者へと、近づいて行った。



  











  「ち、近寄るな化物!」















  もう動けぬ体で、地面を這い蹲る蟲の様な姿の憐れな其奴を



  一気に手を伸ばし、首を掴み上げた。







  不敵に笑った口からは、牙が向き出し



  赤い瞳で、其奴を睨み続ける。











  手に力を籠めたら、其奴は白目になり



  だらしなく、口からは沫を吹き出していた。















  「逃しはせぬと、言った筈だが」















  狂奇に満ちた笑みを浮べ、只管手に力を籠め続けた。



























  許さぬ







  許さぬ







  許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ











  許さぬ ! !























  そして



  其奴の首元へ、そっと口を近付け











  喰ってやった。



















  其奴の首元は、捥げて無くなり



  しばらくしてから、その場に崩れ落ちた。











  辺りに充満する血の臭いと、鬼の恐怖。







  それを見、耐え切れなくなったのか



  今まで何も動じなかった京兵等は、完全に恐怖に支配され



  全員がその場から離れ、一目散に逃げ出して行った。























  残って居たのは



  人間の骸と、四人の人間と







  一人の鬼だけだった。











  その紅景は、残酷で



  悲しみしか、生み出さずにいた。











  「一志、、、」















  呼声だけが 谺して












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