悲しみは 葬り去れど  





  第拾九幕  悲葬
















  時を絡め また微睡んで 叫ぶ聲はまだ届かずに



  時を絡め また微睡んで 叫ぶ聲は永劫に掠れて























  特に、痛みは無かった。















  それよりか







  鬼に成ってしまった後悔と



  悲しみが、刹那さを生んで







  心の奥が、もどかしく痛かった。



















  もう、人間には戻れない。



















  そんな中、悲しみだけが、谺して。











  身体がふわりと、浮くように軽く







  力がどんどん、抜けて行くのが分かった。























  目から洩れた雫が、宙に舞い







  零れ落ちる中、目を閉じて







  罪を背負い、命を絶とう。











  今再び、深い闇へと堕ちて逝く。































  「一志!!」















  四人は、倒れた一志の元へと駆けつける。







  楓弥も、今は傷が痛む所ではなかった。























  駆けつけた時、一志はうつ伏せで倒れていて。















  その周りには、生温かい液体が







  一志の身体から、染み渡っていた。















  ぬるっとした触感が肌に伝わり







  手が赤く染まる。















  これは、他の誰の物でもなく



  一志の物であって。











  それを見た途端











  四人の心臓が、大きく脈打った。























  女雅が一志を抱き起こし



  もう血が出なくなり掛けている首を、そっと押えて







  滲む泪を堪えながら、一志の血塗れの顔を



  唯、見つめるだけだった。















  「一志、、、」















  真の呼掛けに、応えたかったのだろうか。







  一志の綴じていた瞼が、ゆっくりと開いた。















  けれども、一志の瞳は







  もはや生気を喪い、白く濁っていた。











  息も途切れ途切れに、苦しそうで







  見ているだけで、精一杯なはずなのに。











  四人は決して、一志の傍から離れようとはしなかった。



















  「一志!」



















  女雅が、一志の目覚めに歓喜を上げる。











  けれども、楓弥、真、白水の三人は



  既に、これからの事を悟っていて。







  



  一目で分かった。











  一志はもう、生気を宿してはいない。







  体液すら、出なくなり掛けていて



  呼吸すら、ままならない。











  何をしても、無駄だという事。























  「女雅らん、、、」























  白水が、耐え切れなくなり



  女雅に対して、言葉を放ったのだが。











  「白水!早く、一志を、、、」















  女雅も、耐え切れなくなったのか。







  堪えていた泪が、一気に目から零れ落ち



  言葉を詰らせながらも、白水に言った。















  きっと、女雅も分かっている。  







  唯、現実を受け止めたくは



  なかったのだろう。







  この、残酷な運命を



  受け入れたく、ないのだろう。















  女雅の放つ言葉は、四人をさらに辛くさせるばかりで







  それ以上、何の意味も持たなかった。















  「女雅!!」















  とうとう、白水が聲を上げた。











  それを期に、女雅は押し黙った。















  聲を発した白水の目からも



  雫が一粒、零れ始めて。







  楓弥は、硬く目を瞑り



  滲む泪を必死に堪え。







  真も、溢れる涙を袖で拭き



  手で顔を、覆い隠した。











  そして、女雅の瞳から零れる泪は







  一志の頬へと、滴り落ちた。















  一志は唯、それを見つめる事しか出来なくて







  皆が泣いている理由が、理解らなかった。



















  息をする事さえままならない一志は







  さらに、苦しくなるばかりで







  赤かった瞳は、白さを増していく。















  それを見て、今まで黙っていた女雅が







  唐突に聲を上げ、叫ぶ。



















  「何でだよ!何でこんな事したんだよ!!」



















  女雅が口にした内容は、ここにいる四人全員が思う事で







  唯一、四人の中で分からない事だった。















  それでも、唯一つ確信出来るのは











     自分達が、一志を追い込んだ。







  一志を不安にさせ、こんな事になってしまった。











  それは、一志を殺したと同じ事で







  自分達が、一志を殺したような物だと。







  一志は、何も悪くないのに。







  罪を、被せてしまった。















  悔しくて、悲しくて



  刹那くて、苦しくて







  こんなに苦しむのなら







  一志と共に、殺してください。































  聲を出して泣き続ける女雅に、返事を返したのは



  ままならぬ、一志だった。















  「俺は、、、鬼に、成ったんだよ」















  見れば分かる、そんな事。







  誰だって一目見れば、鬼と理解する一志の容姿。







  姿形など、どうでもいい。



  心が、中が一志であれば、それでいい。















  「そんなの関係ないだろ!?」















  楓弥までもが、泪を頬に伝わらせ



  一志に対し、泣き叫んだ。











  「鬼でもなんでもいいんだ!一志は、一志なんだよ!」











  普段は、感情をあまり表に出さない真でも



  楓弥に続き、泣き叫ぶ。











  「一志、、、御免、御免ね、、、」











  白水の瞳からも、贖罪の雫が零れ落ちる。



  謝って済む問題ではない事くらい、分かっているのに



  謝る事しか、出来なかった。



























  何で、泣いているの?







  どうして、謝るの?



  











  謝られる事などしていない。



  むしろ、俺が謝りたい。







  皆が泣く理由も、分からなかった。







  俺は、皆を裏切ったんだよ?



  前までずっと、嘘を吐いてたんだよ?



  







  謝る動機が、何処にも無い。



  謝るのは、俺の方だ。











  皆、御免ね。











  謝って済む問題じゃないけれど



  俺はもう、謝るしか償えないよ。



















  「どうして、謝ったり、するの?」







  「皆は、謝る事なんて、ないよ」















  その一志の言葉を聞き、四人は驚いて



  潤んだ瞳を、大きく広げた。











  「だって、俺等のせいだよ、、、」







  「俺等が、もっと早くしていれば」







  「こんな事には、成らなかった、、、」











  



  俺の行動で、また皆を悲しませてしまった。







  どうして俺は、皆を哀しませる事しか出来ないのだろう。



  迷惑をかける事しか、出来ないのだろう。











  「皆、御免ね」







  「俺の為に、哀しまないで、、、」







  



  一志の勝手な言葉に、四人が怒鳴り散らした。















  「何言ってんの?本気でそう思ってると思った!?」







  「仲間が傷ついて、悲しまない奴なんかいるかよ!!」















  皆も、俺と同じ事を思ってくれている。







  俺も楓弥が傷ついた時、とても悲しかった。







  だけど











  「俺は、皆と、違うから、、、」











  俺は皆と違うから。



  人間じゃない、鬼なんだ。







  けれど皆は











  「一志は、鬼なんかじゃない」







  「俺等と同じ、人間なんだ」











  鬼じゃないと、言ってくれている。







  嬉しくて、悲しい。







  心の底から、ありがとう。















  皆が、自分の為に泣いてくれている。







  もう身体自体は、何も感じないけれど



  泪の暖かさが、身体に染み渡る。







  鬼に成ってでも、俺を信じてくれると言うのか。











  俺の身勝手な行動で、悲しませたりして



  ごめんな。



  すごく、嬉しいよ。











  けれども







  今の俺は、俺であって、俺でない。







  人間の心を防ぎ込んでしまった



  憐れな鬼だ。















  昔は、これが唯一の望みだった。



  人を喰い、鬼に成る事が生きている証だと思ってた。















  けれど、皆と出逢って、変わったんだ。







  初めて、人間のままで居たい。人間に成りたい。



  そう思える事が、出来るようになった。



















  だから、鬼に心を盗られ、支配されるなら



  死んだ方が、まだいいと思った。







  何もかも忘れて、夢の出地へと。































  すると、一志の姿が突然







  人間の姿へと、戻っていった。















  醜き角と、牙は消え



  鋭く尖った爪も、元の長さに戻り



  髪も、美しい臼紅色へと変わっていた。















  時の最後に神が与えた







  哀しき鬼の、最後の望み。



  







  皆と同じ、人間に。











  同じ一つの志を持った、本当の一志に。















  本当の自分に 成れた気がした












[PR]動画