温もりに 包まれて





  第七幕  
















  他に泊まる宛ても無いので

  とりあえず、鬼を退治するまではこの屋敷に住まわせて貰おう。



  白水が、そんな事を言っていたので



  女雅はこの屋敷を少し見回ろうと思い

  部屋を出て、廊下を進んでいるところだった。











  廊下を歩いていても、やはり目に入るのは



  屋敷の庭園にある、数え切れないくらいの、桜。











  前から少し気になっていたので、傍で見たいと思い

  この期に、外に出て見ることにした。











  廊下から外に出れる渡を下り、辺りを見廻してみた。







  やっぱり、目に入る物全てが桜の花弁で

  桜の樹の近くまで歩み寄り、独り言を呟いた。







  「幾つ、あるんだろ」







  燦の光にあたり、輝く桜の花弁は



  どう言い表せば良いか、分からなくて。







  その桜色の風景の中に、目に留まる深紅があった。











  明らかに、他の桜とは違う花弁の色

  自分の元へ舞って来た時に、手にとって見てみる。







  「桜だよね、、、これ、、、」







  そう言って、辺りまた見廻して

  同じ色の桜を、目で探る。



  それを見つける事は、決して難しいものではなかった。















  「あ、、、」











  深紅の色とも呼べる桜は、屋敷の深部に当たる処に在った。



  一本だけが、紅く染まる桜は



  不思議な雰囲気を醸し出していた。







  「あんな処に、、、ん?」   











  初めは桜の方に見惚れ、気付かなかったが



  よく見てみれば、桜の下に



  あの女が、立っていた。







  そっと樹の幹を撫で、何かを呟いているが



  それは、今居る此処までは聞こえない。







  気付けば自然と、女がいる方へと、歩んで行っていた。













  「あの」















  勇気を出して、声を掛けてみた。



  すると、女はゆっくりと振り向いた。



  後ろにいた女雅と、自然と目が合った。







  「とても見事な、桜の御木で」











  そう言うと、女は少し、女雅に向かって微笑んだ。







  「御褒めの言の葉、有難う御座います」







  女雅は、つられて自分も笑ってしまった事が分かった。

  そして女雅は、女の隣に並び、深紅の桜を見上げた。





























  「そういえば名前、聞いてなかったね」







  しばらくしている内に、もう話せる様になってしまっていた。



  あんな雰囲気が堅苦しいと思う女雅には、丁度いいのかもしれない。



  女雅は、女の返事を待った。







  「、、、一志と申します」







  名乗った女は、一志と言うらしい。

  女にしては、珍しい名前だと思った。



  一志の、君。







  「一志って言うんだー!」







  「はい」







  向こうも名乗ったので、こちらも名乗らなければと思い

  女雅は弾んだ口調で話し始めた。







  「俺は女雅って言うんだ。これでも帝の御息子だよ」











  口が軽めの女雅は名前はおろか、自分の身分までもすぐに明かしてしまった。

  その行動から見て、女をよっぽど信じている様子だった。 







  「それはそれは、、、」







  一志と呼ばれる者は、また女雅に微笑みかけた。























  さぞかし、美味であろうと



  身分の高く、高価な物を食している人間ほど

  美味なる物は他に無い。







  初めは、そうとしか思わなかった。















  「一志って、桜が好きなんだね」







  確かに、これほど桜があれば



  誰にでも桜が好き、と思われるだろう。







  「、、、好き、かな、、、」











  そう思えば、桜は好きだ。







  春に咲き誇り、夏になれば花は無くなり



  秋には葉は枯れ、冬には新しい命を芽吹き



  そしてまた、春に咲き乱れる。







  四季を廻り、麗かに生を繰り返す。



  そんな風に生れたら、と徒然思う。















  「一志は何時から此処にいるの?」







  一志の心読まず、質問を繰り返す女雅。







  「さぁ、、、物心ついた時から、ずっと此処に居りました」











  一志の言葉を聞き、女雅は少し悲しそうな顔をした。



  そしてまた急に明るくなり、声を大きくして一志に言った。











  「今度、色々な処に連れて行ってあげるよ!



  一度も此処から出たことが無いなんて、可哀想だよ」















  まさか、自分の為の言葉が返ってくるとは思ってもなく



  目を見開いて驚いてしまった。











  心が少しだけ揺らめいた事に一志は気付き



  表情を緩め、女雅から視線を逸らした。







  「有難う御座います、、、是非、また今度、、、」







  少し俯き加減で、一志は言った。



  そんな事をしても、無駄だというのに。











  「約束だよ」







  「、、、やくそく?」











  女雅の口から聞いたことも無い言葉が出てきた為

  また驚いて、女雅の方に振り向いてしまった。



  振り向いた時の女雅は、優しそうで緩やかな笑みを浮かべていた。







  「約束っていうのは、小指を絡めてこう言うんだよ」







  女雅は一志の手を取り、その小指を自らの小指に絡ませて言った。











  「ゆびきりげんまん」















  今までの人間と違う何かが、女雅にはあるのだろう。



  きっと、心の奥深くに



  帝の御息子と言える、しっかりとした志があるのだろう。







  こんな事は、今までに無かった。



  自分に、好んで接する者などいなかった。







  なんだか、今回の人間共は



  何処か、違う気がして







  今だけは、喰らうという事を忘れて



  唯約束という物を、口にするだけだった。















  「ゆびきりげんまん」















  女雅は一志に微笑みかけ







  一志は女雅に











  微笑み返した
  











 

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