目を綴じて 憶に耽る  





  第九幕  幻憶
















  楓弥と別れた一志は



  あの深紅の桜の元へ向かった。











  目を開けた時には既に、辺りは深紅色の花弁が舞っていて



  しばらく見上げてから、そっと手を伸ばし



  優しく幹を撫で、呟いた。















  「俺にも、人間に近づける事が、出来るだろうか」















  一志の本心が分かる言の葉が、独言と化し



  桜舞う辺りに、響き渡る。















  「あの者達と、同じ志を持てるだろうか」



















  桜を見ても、何も返してはくれない。



  分かっていながらも、目の前の桜に



  語りかけ続けていた。







  風が吹き、抱かれ



  その心地良さに、再び目を綴じた。



















  「あの草木の様に、大地に根を伸ばし」



  



  「雨を受け止める、心が唯、欲しかった、、、」



























  此処にある桜は、今までに喰ってきた人間の数と同じ



  全てで、九十九。



  一人喰うごとに、増え続ける桜が百に足すと



  



  この人間の姿も消え、醜い鬼となりうるだろう。











  そして、この深紅の桜こそ



  鬼である自分を表していて







  俺が、鬼の心に侵食されて逝くと同時に



  彩の紅が、深みを増していく。  







  今はもう、深紅ともいえる花の色、、、



















  特に、鬼になる理屈はなかったのに



  何故か、人間だけを喰っていた。







  それが鬼の、運命なのか。











  それとも、運命などは無関係で



  独りという孤独感から、抜け出したいが為の







  俺の身勝手な、行動なのか。















  きっと、あの四人を喰らえば



  人間の心などは忘れ、完全な鬼になる。







  けれど、今更になって、やっと分かった。







  人間の優しさ



  真直ぐで、強き志



  鬼の心を忘れさせてくれる、安らかな言の葉を。







  その人間を、喰らおうとしていた自分を



  責めずには、いられなかった。











  俺を、心の底から信頼し



  本当の自分を、しっかりと見てくれた







  初めての、人間。



















  そして、一気に押寄せてきた







  罪悪感と、刹なさ。







  俺は、この清く逞しく



  心優しい人間達を、喰らおうとしている事はおろか



  騙している。







  どうしようもなく、自分に呆れた。











  見離されて、嫌われたくはなかったが







  事実を、、、真実を言わなければならないと



  初めて、思うことが出来た。











  貴方方が私を、信じてくれている様に







  私も、貴方方を







  信じれる身になりたい。



















  天よ、神よ



  鬼の運命に逆らった、妾を御許し下さい。







  一生償えない罪を、罰して下さい。







  憐れな妾の願いを、どうか聞き入れて下さい。























  いつか、あの人達の様に







  一つの志を持つ、本当の一志になりたい。



























  そっと瞳を閉じれば滲む贖罪の雫











  空に身を翳せば薄く浮ぶ記憶
  











 

[PR]動画