現世の もう一つの御伽草子









 華緋
 〜ha na bi〜



































夜を照らす 華の彩



絶え間なく咲き 永久に心に









































































































凡ての想いを伝え







悩み苦しむ事の無くなった、在りし日。



















このまま皆と、共に暮す事を







願うばかりで、心は満ちて行く。



































「あ、一志!」



































夜の庭池に架かる、橋の処に居た一志を



女雅が見つけ、呼び留めた。



























「女雅らん、どうしたの?」



























一志が返事をしたのを確認し



女雅は一志の近くまで、駆け寄った。



















容姿を見れば、女の姿だが







男と分かった一志でも、女雅は今までと変わらず接していた。















また、女雅だけでなく







楓弥と、真と、白水もまた



一志に対し、心置きなく接している。



























女雅が一志の近くまで来ても







この夜の中では、顔がよく、見られなかった。











































「部屋に、居なくって」































「探してくれてた?」











































一志の問いかけに、女雅は照れ笑いを浮べ



頭の後ろに手を回し、頬を赤らめた。























「まぁ、そんなとこ」























そんな女雅を見て一志は











頬を緩ませて、そっと微笑んだ。























暗闇で、顔はあまり見えないが







声や、動作音によって



お互いの行動が、なんとなくであったが分かった。















































「月、綺麗だね」























「え?あ、うん、、、」



















































昊を見上げれば











見事な程の、朧月夜。























この前まで、紅みが掛っていた月も







今は元に、戻っていた。





































まるで、鬼の心を忘れ

















人間に近くなった一志を、表すかのよう。









































「あ!」









































突然、隣に居た女雅が



何かを思い出したのか、ポツリと聲を洩らした。











そして、何やら懐に手を伸ばし



何かを探り、そして、見つけたようだ。























懐から出した女雅の手には



何かが、しっかりと握られていた。







































「これね、花火って云うんだよ」























「花火?」























































女雅が、手に取っていた物を見せてくれたが







はっきり言って、今までに見た事が無い物だった。











紙を細く丸めた様な、小さい物。































「何とも、宋の物だとか」















「ふぅーん、、、」































だから、見た事が無かったんだ。







ここの物で無いのなら、見たことが無いのは当然だろう。















俺は、その花火とやらを







まじまじと、見つめていた。















































「母君から、頂いたんだ」























「女雅の母君?」























「うん」



















































自分には、母という者の記憶など無い。











むしろ、居たのかすら、分からない。

















けれども



女雅には、居るのだろう。







暖かな温もりをくれる、母なる者が、、、。



















少しだけ、女雅が羨ましく思えた。















































「もう、居ないけどね」


























「えっ、、、」















































女雅の言葉を聞いて、驚いた。







































「俺が童の頃に、病で」



























「、、、そっか」















































女雅も、俺と同じで







母という者が、居なかった。







むしろ、居なくなった。























幼い頃に亡くしてから、ずっと独りだったらしく



女雅にとって、辛く哀しかっただろうに。







女雅はきっと、俺より辛い過去を背負いながら







それに必死に耐え、笑顔を見せ続けていたんだ。















俺は、女雅の薄ら見える表情から、悟った。







































「でも、俺にはみんなが、居てくれるから!」











「楓弥も、真も。白水も、一志もね」







































"みんな"の中に、自分が入っていて



内心とても、嬉しく思えた。







もう仲間なんだと、改めて実感した。















もう、仲間だからこそ







女雅の期待に、応えなければと







俺も、強くならなければと思った。

















































「ねぇ一志、花火やろう!」



















「でも、どうやって?」



















「確か白水が、発火布を持っていたはずだから」







































それだけを言い残し、女雅一志に花火を手渡して



足早に、屋敷の方へと戻って行った。



途中から、走って行っていた。











何故、発火布など要るのだろうと思いつつ



手に持つ花火を見つめ、女雅を待った。































































































しばらくして



女雅が白水を連れて、戻って来た。







むしろ、手を掴んで引っ張って来ていた。















その後ろに、急いで走ってくるのが



楓弥と真の、二人だった。



















「どうせなら、みんなでやろうと思って」



















本当に急いで走って来たのか



息を乱している女雅と、呆れながら突っ立っている白水。







やっと追い着いた楓弥と真も、息を切らしていた。























一志は女雅に花火を渡し



それをまた女雅が、白水に渡した。











しゃがみ込んで用意をする白水の背中を



女雅が何回も、急かすように叩く。



























「白水早く!」











「今やってるでしょーが!」



























発火布を出して、準備をする白水を



またもや女雅が、急かしていた。







ましてや、それ程の物なのかと



少しの感心を抱きながら、疑問を浮べた。







































楓弥は、月をじっと見上げている。















真はとても、眠そうな顔をしていた。















一応、今夜だもんな、、、。







































そう思っていたら、突然























足元が、光りだした。















































何なのかと、目を向ければ























































女雅が、その光を手に持ち















白水と一緒に、しゃがみ込んで見つめていた。







































































女雅が、手に持っているそれは















美しく、虹彩を放つばかりで















これ程の光は、やはり今までに見た事が無く















其処に居る全員が、思わず見惚れる程の物だった。







































その空間だけが、まるで昼間のように明るくなり











花火とやらが、陽のように思えた。























































「綺麗だね、、、」



























「本当だ、、、」



























「すごーい」



























「見た事ないねー」























































皆が、花火の周りを取り囲み、しゃがむ。











それに遅れないように、俺もしゃがみ込んで











花火という陽を、とても近くで見ていた。































花火の放つ虹彩が







皆の瞳に、鏡のように映し出されて















まるで、皆の瞳が輝いてるように見えて







何だか、不思議な感じがした。























目に焼き付く、様々な彩が







虹彩と、緋と、幻想を齎す。















この世の物でないような気もして







唯、美しく光る花火に、見惚れていた。































俺等も、この花火みたいに











美しく輝いていたいね。















































そして、花火の陽は消え



















緋が、ぽつんと静かに地に落ちた。































「、、、消えちゃったね」















「燈じゃないから、すぐ消えちゃうんだ」































しゅん、と落ち込む女雅を、慰める白水。



























「でも、一刻だからこそ、綺麗に見えるんじゃないかな?」



















「ずっと光ってても、逆に飽きちゃうよね」



























真と楓弥は、花火を初めて見たはずなのに







一瞬で、凡てを知り尽くしたかのように言った。























でも、そうかもしれない。























一瞬だから、綺麗な物であって。







一生続くようだったら、見飽きてしまうだろう。























花火















そのままで、華みたいな物。















誇らしげに咲き誇り、儚く散って逝く。







































だけど、花火を皆で一緒に見た時間と







皆の、虹彩に輝いていた瞳は















散る事無く、心に残る。























俺達は絶対に、儚く散り逝く事なんて無い。























よく分かんないけど、何だかそう言い切れる気がして。







































「また、出来るかな」















「出来るんじゃなくて、やるんでしょ?」
















































皆が笑ったら







俺もつられて、笑った。























花火に教わった







時の大切さと、心の輝き。















一生心に、仕舞っておきます。















































目に映るは







華火がくれた、夜の記憶。















昊を見上げたら、残像する華火が















夜空に満開に、打ち上げられた。























  季節外れの線香華緋
















[PR]動画